ひとくち説法

「合掌」

先日、お寺に小学校一年生の男の子を連れた親子がお参りにいらっしゃった。

母親はお線香を手向け、正座、合掌、一礼して、何かを呟いていた。

男の子は足を投げ出して、母親の姿を見つめていた。

すると母親は「本堂では正座をして合掌するものなのよ」と手取り足取り教えていた。

お参りを終えて帰っていく親子を見届け、午後のご法事に出発した。

参列は五十歳くらいの男性と車いすに腰掛けた九十歳くらいの女性の2名だった。

コロナの影響で親戚を呼ぶことが出来ず、親子二人で父の回忌をすることになったという。

開式の辞を述べ合掌をするように促すと、息子さんはサッと合掌するものの、

母親は私の声が届かなかったせいで、合掌せずにいた。

「母さん。合掌しなきゃ」と息子さんは母親の背後に回って手を取り合掌させていた。

どちらの親子も取る手も、取られた手も自然と合掌していた。

日蓮大聖人のお手紙の中に

『我が十指は父母の十指、例えば身と影との如し』というお言葉がある。

私達の合掌の手も父と母からいただいたもので、それは体と影の関係であるということ。

私達が人を叩こうとする時、影も人を叩こうとする。

私達が合掌する時、父母、祖父母、ご先祖様も合掌する。

何気なくする『合掌』実はとても大切なこと。