ひとくち説法

「心の器」

毎朝、テレビをつける度に報じられるのがコロナ感染者の人数。

感染者数が減ったと思えば、次の日には増えているの繰り返しである。

ニュースを目にする度「日本の人口は1億3000万人。あと何日経つと自分はコロナに感染するのだろうか」

と不安になる。

そんな毎日の中、近所のスーパーで感染者が出た為、数日間の営業停止になった。

店の前を通るといつも賑わっているはずが、閑古鳥が鳴いている。

他人事のように思っていたコロナがすぐ近くまでやってきている事に気付かされる。

「まだまだ、若いから感染しても大丈夫だろう」と思う時もあれば、

「万が一という事があったらお寺はどうなるのだろう」と不安に駆られる時もある。

念入りに予防を続けているが、今は出来る事をやるしかない。

ところで、こんなにも病気や死について恐れをなしたことがあっただろうか。

コロナ禍であろうとなかろうと、人は病気になるし、いつかは必ず天寿を全うする。

あと何日、あと何時間、あと何分、家族や友人と過ごせるのだろうか。

あと何回、他愛もない喧嘩ができるのだろうか。

亡くなれば、大体同じくらいの器に納められて、同じような所に埋葬される。

その時は、財産や家族や地位も名誉も持たせてもらえない。

限られた時間に出来る事は自分の心の器をどのように育てるかではないだろうか。