ひとくち説法

『今、生きている』

先日、旧友に会って食事をしていた。
友人は目をキラキラさせながら
「被災地の人達に沢山教えてもらった」と言ってきた。

話を聞くと、お盆のお経回りの為に被災地に行ってきたというのだ。
その友人は現地の事をよく知るAさんと二人で数十件を回ったそうだ。
途中、昼食を取る為にレストランに入った。食事中にAさんはある人に話しかけられた。
振り返ってみると、Aさんの旧友Bさんだった。
久しぶりに対面した二人は思い出話を始めた。

話が進んでいくとやはり先の震災の話に。
Aさんは
「おじさんは元気?」とBさんに聞いた。
Bさんは俯きながら首を横に振るだけだった。
「おばさんは?」
また首を横に振るだけだった。
そんなやり取りが数回繰り返された。
しかし、「A子さんは?」と言うと
顔を上げ笑顔で「生きてるよ」と涙を流しながら答えた。

二人はA子さんが生きている事に涙を流しながら話を続けていた。
私の友人はその一部始終を見て
『生きている事に涙を流した事が自分はあっただろうか』と思ったそうだ。
友人は私にゆっくりと語り出した。
「俺達は大体、誰かが亡くなった時に涙を流すものだろ?でも被災地の人達は生きている事に涙を流す。なぜだと思う?」

「分からない」

と私が言うと友人は
「被災地の方々は命の尊さを実感しているからだと思う。生きている事が稀であるからこそ涙を流せるのだと思う。でも、命の尊さは被災地だろうとなかろうと変わらないものだろう。俺達はもっと真剣に命について考えなくてはいけない」と私に教えてくれた。

私達の命は明日さえ保つ事が難しいものなのに誰しもが明日、目覚める事が当たり前だと思っている。
本当は生きている事だけで幸せなのに「もっと、もっと」と貪り生きていく。
苦しい事もあるでしょう。
悲しい事もあるでしょう。

でも今、確かに生きている。

明日を生きられなかった人達の分、一生懸命に生きていかなくてはいけない。

作成:埼玉県日蓮宗青年会